2011年04月25日

シーベルトと筋反射

4月20日夕、雨。若干の医薬品等を積んで、新潟・八海山より南会津に入る。深夜、霧の188号線を一路大内宿の知人宅へ。 
21日快晴也、南会津の空はかぎりなく蒼い。
ここ会津には原発被害者が大勢避難して来ているという。
車の窓を閉め、マスクをし、エアコンの外気を遮断して磐越道を走る。 
磐梯熱海を少し過ぎると、シーベルトが強くなってくる。目がチカチカする。 
空気が澱んでくる、というより空気が曇ってくる。 
郡山JCTで空が一変する。雲がないのに曇り空なのだ。

点滅ライトを回転させた警察の車列、災害派遣のステッカーを貼った自衛隊の車列が何台も行き交う。 
花弁にべたっと引っ付いたシーベルトを剥がしたいかのように、満開の枝垂れ桜が伴走する。深い沈黙が支配する。

二本松のインターが近づいてきた。聞きに勝るきついシーベルトだ。
 福島西インターで一昨年上級を受講したK先生と落ち合い、原発の様子を聞く。
曰く、水素爆発したとき、町の人たちはみんな余所へ逃げたが、筋反射で訊いたところ、「ここは大丈夫だから逃げなくともよい。原発はこれ以上ひどくならない」との“お告げ”があった。
実際、自分の住んでいる町は シーベルトは低かった、とのこと。まあ、UFOの基地がこの町の郊外にあるからなのかもしれない。

「シーベルトの低いフルーツ街道を走りましょうと言って、次なる訪問地、飯坂へのガイドをして貰う。
街道は、満開の桜、咲き誇るピンクの桃の花、爛漫たる色彩の横溢に噎せ返る。 
399線が崖崩れのため、通行止めになっており、アーユルヴェーダ薬草園に行けず、福島市内で落ち合う。ここもシーベルトがきつい。 シーベルト除けのホーリーバジル一鉢運動の打ち合わせを済ます。 
再び、東北道、磐越道と走り、会津のホテルに戻る。痰がぽろっと出る。シーベルトが出た。 
22日小雨。仙台へ。仙台南で去年受講のS先生と落ち合い、名取市へと向かう。30分ほど走ると瓦礫の山が見えてきた。海岸への道は通行止めになっており、誰何される。自衛隊と瓦礫の山以外、人は誰もいない。“本当に”漁船が人家に突っ込んでいる。 

須藤先生が言っていたように、ボランティア等の窓口登録をしなければ治療も何もできないことになっている。
現地の動体の治療家を通じてやるしかないが、上級修了者は、遠隔治療されたい。
なお、浦安が液化現象で、らくらく庵のT先生が難儀をしているとのことです。
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posted by kabe at 22:55| Comment(0) | 日記